
今回から第十一勢至観に入りました。観世音菩薩とは異なる特徴、また同様の姿を確認した後に、親鸞聖人が法然上人を勢至菩薩と見ておられたことをご和讃の言葉を通して確かめました。
次回勢至観の後半部分について見ていきます。…

今回から第十一勢至観に入りました。観世音菩薩とは異なる特徴、また同様の姿を確認した後に、親鸞聖人が法然上人を勢至菩薩と見ておられたことをご和讃の言葉を通して確かめました。
次回勢至観の後半部分について見ていきます。…

今回は第三条の最後にある「願をおこしたもう本意」について見ました。煩悩具足のわれらを哀れみ、その者をこそ救い遂げたいと起ちあがってくださった弥陀の大悲心が、第十八願、また成就文にある「唯除」に注がれていると考えました。
次回から第四条に入りたいと思います。…

今日の『御文』は四帖目第十二通「毎月両度」でした。ここで蓮如上人は近頃の寄合がお酒や茶やご飯を楽しむことだけで終わってしまっていることを歎き、寄合で大切なことは信心獲得であることを説かれます。蓮如上人は、せっかくご命日に集ったのだから、お酒やご飯だけでなく、親鸞聖人が説かれた教えを共に味わおう促してくださっているのだと思います。
本日は仏具のおみがきがありましたので、『一念多念文意』には触れず、寄合の大切さを『ボン・アミーゴ』で大谷暢裕御門首が場の力があると述べられている箇所を見ながら確かめました。
暑い中、お参りいただき皆でおみがきしたのでとても綺麗になりました。ありがとうございました。…

今回は、『涅槃経』に説かれる阿闍世王救済物語の阿闍世王の回心について考えていくことで、仏教の救いとはいかなることであるかを見ました。特に、堕地獄の恐怖に沈んでいた阿闍世王が、もろもろの衆生の悪心を破壊するためならば無間地獄にあっても苦としないと言い切った姿に、救いの核心は願いを持って生きることであり、回心はその歩みのはじまりであることを確かめました。
秋の彼岸会では、阿闍世王の「名」について考えていければと思っておりますので、是非お参りください。
※秋の彼岸会は9月23日(水)14時~を予定しております…

前回に引き続き第十観音観についてみました。今回は観世音菩薩の手と足についてどのように観ずるのか説かれているのか、また、仏のお姿と異なる点について確かめました。
次回は8月10日(月)14時からの開催を予定しております。…

今回は『歎異抄』第三条に説かれる「煩悩具足のわれら」という言葉について、「われら」という親鸞聖人に自覚や、煩悩を仏教はどのように捉えるのかなどを中心にたずねていきました。
次回で第三条を読み終えればと思っております。8月5日(水)14時からを予定しておりますので、是非ともお参りください。…

今回は前回に引き続き第三条に学びました。前回は善・善人を中心に見ましたが、今回は悪人、特に「他力をたのみたてまつる」ということはどのような者なのかを、『観無量寿経』の韋提希夫人の言葉などによりながら確かめました。
今回は日程変更等でご迷惑をおかけしました。…

今回から第十観音観に入りました。観音菩薩の身や装飾品の特徴や具体相が説かれる中で、多くの化身の仏・菩薩・諸天人があると説かれます。それは、観音菩薩の慈悲を表していることを確かめました。
次回は引き続き第十観音観について見ていきます。…

今日の『御文』四帖目第十一通は「機法一体」ということが主に語られております。南無阿弥陀仏の六字を、南無阿弥陀仏の南無をたのむ機、阿弥陀仏をたすける法とに分けて二字四字の一体として説かれる場合と、六字全体が機であり法であるとする六字六字の一体を示す場合があることを確かめました。
また『一念多念文意』では、源信僧都の『往生要集』の文と、『大経』下巻流通分の弥勒付嘱の文を親鸞聖人がどのように解釈しているのかを見ました。次回は「則」の解釈を見るところからはじめたいと思います。
6月の御命日の集いは、仏具のおみがきを行いますので、是非お力添えをお願いいたします。…

今回は第九観の後半部分を見ました。特に、真身を観ずることは仏の大慈悲心を観ずることであるということに着目して、すべての衆生を救い遂げるという願心が仏の相に表れていることを確かめました。
次回は第十観に入っていきます。…