7月1日『歎異抄』輪読会を開催しました

今回は『歎異抄』第三条に説かれる「煩悩具足のわれら」という言葉について、「われら」という親鸞聖人に自覚や、煩悩を仏教はどのように捉えるのかなどを中心にたずねていきました。
次回で第三条を読み終えればと思っております。8月5日(水)14時からを予定しておりますので、是非ともお参りください。…
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今回は『歎異抄』第三条に説かれる「煩悩具足のわれら」という言葉について、「われら」という親鸞聖人に自覚や、煩悩を仏教はどのように捉えるのかなどを中心にたずねていきました。
次回で第三条を読み終えればと思っております。8月5日(水)14時からを予定しておりますので、是非ともお参りください。…
今月27日に開催を予定しておりました、親鸞聖人御命日の集いは、台風接近の報道をうけまして、安全を第一に考え休会とさせていただきます。
仏具のおみがきは、7月27日の御命日の集いのなかで行う予定でおりますので、是非ともお力添えください。
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今回は前回に引き続き第三条に学びました。前回は善・善人を中心に見ましたが、今回は悪人、特に「他力をたのみたてまつる」ということはどのような者なのかを、『観無量寿経』の韋提希夫人の言葉などによりながら確かめました。
今回は日程変更等でご迷惑をおかけしました。…

今回から第十観音観に入りました。観音菩薩の身や装飾品の特徴や具体相が説かれる中で、多くの化身の仏・菩薩・諸天人があると説かれます。それは、観音菩薩の慈悲を表していることを確かめました。
次回は引き続き第十観音観について見ていきます。…
今月の『歎異抄輪読会』は、10日14時から開催を予定しておりましたが、法務の関係で一週間後の17日13時30分に変更させていただきます。 …

今日の『御文』四帖目第十一通は「機法一体」ということが主に語られております。南無阿弥陀仏の六字を、南無阿弥陀仏の南無をたのむ機、阿弥陀仏をたすける法とに分けて二字四字の一体として説かれる場合と、六字全体が機であり法であるとする六字六字の一体を示す場合があることを確かめました。
また『一念多念文意』では、源信僧都の『往生要集』の文と、『大経』下巻流通分の弥勒付嘱の文を親鸞聖人がどのように解釈しているのかを見ました。次回は「則」の解釈を見るところからはじめたいと思います。
6月の御命日の集いは、仏具のおみがきを行いますので、是非お力添えをお願いいたします。…

今回は第九観の後半部分を見ました。特に、真身を観ずることは仏の大慈悲心を観ずることであるということに着目して、すべての衆生を救い遂げるという願心が仏の相に表れていることを確かめました。
次回は第十観に入っていきます。…

今回から第三条に入りました。原文意訳を読み、今回は「善」「善人」ということを仏教や親鸞聖人の眼ではどのように捉えているのかを見ました。
次回は「悪」「悪人」ということをたずねていきたいと思います。…
