エントリー - 名響寺

名響寺輪読会開催のお知らせ

謹啓 厳暑の候、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。さて、下記の通り2023年9月6日(水)より、歎異抄の言葉に学んでいきたいという願いのもと、武田定光著『なぜ?からはじまる歎異抄』を有縁の方々と輪読していく会を開催いたしますのでご案内申し上げます。                         謹白…

8月行事予定

8月21日(月)14時~ 写教の会
今回から『仏説阿弥陀経』の書写を始めていきます。会の初めに『仏説阿弥陀経』について少し話をお聞きいただき、その後40分程『仏説阿弥陀経』を書写していただきます。お気軽にご参加ください。…

7月27日 親鸞聖人御命日の集いを開催しました

今日の『御文』三帖目第一通「摂取と光明」 

 この『御文』では、主に光明と摂取という阿弥陀さんのはたらきについて説かれていますが、その光明と摂取のはたらきは念仏者のみにはたらくのかという問題が言われることがあります。親鸞聖人の時には、阿弥陀さんの光が念仏者のみを照らしその他の行者は照らしていない摂取不捨曼荼羅図というものがあったようで、念仏停止の一因にもなっています。そして蓮如上人の時には、蓮如上人と同じ時代を生きた一休宗純が阿弥陀さんの慈悲に疑問を投げかける和歌を詠まれます。
 「阿弥陀には …

7月10日 写教の会を開催しました

 前回で「正信偈」を一通りたずね終えたということで、本日からは『仏説阿弥陀経』の書写をしていきます。初回ということで、『阿弥陀経』について少し見ていきますと、真宗では浄土三部経と呼ばれる『大無量寿経』・『観無量寿経』、そしてこの『阿弥陀経』(『小経』)を具体的には言って、大事な聖典としております。親鸞聖人はその浄土三部経を『大無量寿経』を真実の教とし、『観無量寿経』と『阿弥陀経』は方便の教として見ておられます。方便というとつまらないものだと思われるかもしれませんが、方便はとても大事なのです。方便があってはじめて真実に触れるということがあるわけです。その方便の教である『仏説阿弥陀経』は「無問自説経」とも呼ばれます。経典の多くはその経典が説かれることになった背景、「発起序」というものが描かれます。例えば『観無量寿経』では王舎城の悲劇が描かれますが、経典が説かれるきっかけとなる大事な問いがこの『阿弥陀経』にはありません。釈尊が智慧第一の舎利弗に対して、舎利弗よ舎利弗よと言ってずっと語っていかれます。普通はどうですか?という問いに対して、釈尊がお答えになるという形ですが、舎利弗が問うことはありません。なので『無問自説経』と呼ばれます。
 この『無問自説経』ということを親鸞聖人は、釈尊の出世本懐の経だと押さえられます。出世本懐ということは、この経を説く為に釈尊はお生まれになったという意味です。それほどこの『阿弥陀経』は大事なことを語っているのです。ここにある「恒沙の諸仏の証護の正意」ということは追々尋ねていきますが、誰に向かってその本懐を語っているかを今日は注目します。
 釈尊が阿弥陀経を説かれた場所は「祇樹給孤獨園」です。祇園精舎という呼び名が有名ですが、祇園精舎というのは、須陀多という長者に護られている精舎で、須陀多は孤児や独老など身寄りのない、一人では食べていくこともできない人々に手を差し伸べた方で、釈尊が説かれた阿弥陀経は、辛い生活をされていた方も聞いていたでろうことが想われます。その証拠に、この祇園精舎に集った有名な菩薩様に加えて、「無量の諸天・大衆と倶なりき。」と敢えて言って、大衆という一般市民も一緒に教えを聞いていたと書いてあります。菩薩とともに多くの大衆が一緒に聞いている。つまり、釈尊は優秀な者だけでなく、むしろ俗世に苦しみ生きる者たちに向かってこの阿弥陀経を説いているのです。そのことが、出世本懐の経と親鸞聖人が捉えた一因でもあるように思います。…

7月行事予定

7月10日(月)14時~ 写教の会
今回から『仏説阿弥陀経』の書写を始めていきます。会の初めに『仏説阿弥陀経』について少し話をお聞きいただき、その後40分程『仏説阿弥陀経』を書写していただきます。お気軽にご参加ください。…

6月27日 親鸞聖人御命日の集いを開催しました

今日の『御文』二帖目第十五通「九品長楽寺」

 この『御文』では、法然門下が様々な義を立て分かれていったというところから、始まります。例えば有名な知恩院は鎮西義と言って、念仏も諸行も大事だというようになっていきます。それがずっと今まで伝わっております。この前京都に団体参拝した時に、数名で知恩院にお参りしたのですが、その際にたまたま法要が執り行われていました。その儀式を見ると、やはりというか全く真宗とは違います。僧侶が功徳を回向するというのが感覚として伝わってきて不思議な気持ちになったことでした。法然門下では、様々な義が立てられたということですが、真宗ではそれが異安心ということで表に出てきます。それは、法然門下は皆さん学があったのです。頭が良く知識もあったのです。だから「義」ということでわかれる。親鸞聖人のお弟子さんは武士の方が多かったと言われておりますし、支えているのも農民などですので、義ということを立てて分かれていくということはなかったのではないかと思います。ですが、安心が異なるという形で、親鸞聖人の教えと離れていくという法然門下とは違うかたちで、教えが異なっていったように思います。それは、ちょうど前回見た秘事法門のようなことで、正定聚の教えをこの身このままで成仏するというように勝手に解釈していくというようになります。そこで、蓮如上人は、親鸞聖人の信心、安心ということを確かめるため、法然門下が分かれたことを外からとやかく言うのではなく、自身の信心をきちんと見つめなさいと言っているのがこの御文です。我が身という問題とその愚かな身を救うはたらきです。これは、蓮如上人が何度も何度も御門徒に伝えていることです。安心、信心の確かめです。
 少し話が飛ぶようですが、最近本派西本願寺の方で、この度の慶讃法要を縁に出された新たな領解文というものが大きな問題となっているようです。領解文、大谷派では改悔文と呼びますがこれは蓮如上人ご自身の信心を語っているもので、非常に大切な文なのですが、これを現代の人にもわかりやすくするために本派のご門主が作ったということです。自分もよく知らなかったのですが、実際に読んでみるとちらほら怪しい箇所が確かに出てまいります。少し調べたところによると、問題となっているのが「私の煩悩と仏のさとりは …

5月27日 親鸞聖人ご命日の集いを開催しました

今日の『御文』(二帖目第十四通「秘事法門」)

 この『御文』では秘事法門という事が大きな問題として取り上げられております。越前の国は今でいう、福井と岐阜の辺りを言いますが、その辺りで秘事法門が流行っていたということです。秘事法門とはどのようなことを秘事として言っているかというと、例えば、不拝秘事は、「信心を得てからは、このわが身がもはや色も形もない無上仏になったので、絵像や木像は拝む必要はない。」という教えで、善知識だのみ(知識帰命)は「特定の人物を善知識と仰ぎ、善知識が現実に現れた如来であり、如来は具体的に善知識に代表されるとして、善知識をたのみ、善知識から信心が与えられるとする。」ものです。そして、一益法門は浄土真宗における利益は、現生において正定聚の位に入る益と当来における滅度の益との二益であるにもかかわらず、信の一念に正定聚の位につくのと同時に滅度の果を得るとする理解です。それらの秘事法門は現生、この身のままで覚りを開き仏になるということが言われてきます。
 『歎異抄』第十五条には「煩悩具足の身をもつて、すでにさとりをひらくといふこと。この条、もつてのほかのことに候ふ。」という批判があります。「私はすでにさとりをひらいた。」ということと、親鸞聖人が信心定まった時に正定聚という必ず仏になる身と定まるということの違いをどのように頷いていくかという問題があるかと思います。これは、信心を得る、真宗では度々信心を阿弥陀さんよりたまわるというように言いますが、信心を得たということは、「私はすでにさとりをひらきました。」「もう救われました」ということを言い切らせないところに真宗の信心の特徴があろうかと思います。つまり、信心を賜ったということは過去の経験ということではないのです。何かしらの通過儀礼をしたらもう大丈夫などというものではないのです。煩悩を断ち切れないという身の事実を外れないのです。煩悩を断ち切れない、その悲しい者を救おうと立ち上がったのが阿弥陀さんであり、その阿弥陀さんの誓い本願を信じる心を賜っていくところに阿弥陀さんを感じて生きていく。これが真宗門徒の姿であろうかと思います。…