10月24日 名響寺報恩講を厳修いたしました

式次第 正信偈草四句目下 念仏讃淘三 …
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式次第 正信偈草四句目下 念仏讃淘三 …

今日から道綽章に入りました。最初に道綽禅師について確認しました。道綽禅師が生きられたのは562年~645年です。道綽禅師は14歳で生活のために出家しますが、廃仏毀釈政策によって16歳で還俗させられます。その後隋の時代になり21歳でまた出家をします。それから道綽禅師は『涅槃経』を熱心に学ばれます。『涅槃経』を何回も講義をするほどにまでなりますが、自分の中ではっきりしないものがあったようです。それが、たまたまかつて曇鸞大師が住まわれた玄忠寺を訪れた際に曇鸞大師の生涯を記した石碑の文を見て浄土の教えに帰したと伝わっております。
そして浄土の教えに帰して著したのが『安楽集』です。『安楽集』の書き出しで、教・時・機とが相応しなければ修道に功がないのだと語られます。この『安楽集』は親鸞聖人がこの正信偈でも和讃でも讃えておられるように聖道門は覚り難い。ただ浄土門のみが自分が救われていく道だということを明かしているのですが、その決め手となったのが時機の自覚です。『安楽集』に「大聖遥遠」という言葉と「理深解微」という言葉が出てまいります。最初が「時」の自覚でこの世は末法なのだという自覚です。教行証の中で教えのみがある時代です。そして次の言葉が「機」の自覚です。機というのは仏教では人間を指す言葉ですが、特に道を求める人間です。人間が仏教の深い真理を理解する力がまことにわずかであるという自覚です。この時機、末法の世を生き愚かであるこの身に相応する教えは浄土門しかないのだ。こういう決着が道綽禅師にはあり、そこに立脚しておられるのです。そのことを親鸞聖人は「道綽決聖道難証 唯明浄土可通入」と讃えておられるのです。…

今年の秋の彼岸会では『歎異抄』第二条において語られる、いなかの人々が身命を顧みず「往生極楽の道」を問い聞こうとする思いに「地獄は一定すみかぞかし」と応える親鸞聖人の言葉について考えていきました。
親鸞聖人は関東の草庵でも「ただ念仏して弥陀にたすけられて往生する」ということを伝えておられました。それなのに、改めて「往生極楽の道を問い聞」くために身命を顧みずに訪れたということは、いなかの人々がただ念仏に満足できないというか、ただ念仏申すだけで本当に極楽浄土に往生できるのであろうかという不安を感じていたことを親鸞聖人は見抜かれたのだと思います。その思いを見抜いたうえで、改めて私親鸞においては「ただ念仏」の教えしか伝えることはないのですよと言い、さらには「地獄は一定すみかぞかし」とまで言い切るのです。いなかの人々が往生極楽の道を聞きたいという心の裏には地獄におちたくないという思いがあったでしょうから、さぞかし驚かれたであろうと想像されます。
地獄について考察しながら、どういう思いで親鸞聖人が「地獄は一定すみかぞかし」と言い切られたかについて以下のように考えていきました。親鸞聖人が、「ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし」という法然上人を受けて「地獄は一定すみかぞかし」と語るところには、地獄の苦しみを離れて安らかな極楽浄土に生まれるというような仏道ではなく、阿弥陀さんの智慧と慈悲のはたらきを受けて地獄の苦しみを生き抜いていける仏道ということをいなかの人々に伝えたい思いがあったのではないかと思います。地獄に行くのはいやだ、この世の苦しみから離れたいという要求思いがあって、苦しみのない所を願うのは自然のことだと思います。『観無量寿経』で、息子が夫を殺し、自分までも殺そうとする縁にあった韋提希夫人がお釈迦様に愚痴をこぼし「広く憂悩なきところ」を願うのと同じ感覚です。しかし、その感覚では極楽浄土は自分が勝手に思い描く理想郷になってしまいます。阿弥陀の浄土は理想郷ではないですね。彼岸というのは浄土、そして此岸というのはこの世界を言うわけですが、それが単に極楽と呼ばれるような苦しみのない世界と、娑婆世界と呼ばれる耐え忍ぶ世界ということで話をしているのとは違うのだということです。往生極楽の道というのは、苦しみのない道ではないですし、ただ念仏の教えは極楽に往生する手段方法でもないというのが、真宗の教えだと思います。縁によって様々な苦楽に遇っていきますが、その全てに阿弥陀さんの慈悲、支え救けを感じて生きていく。それが「地獄は一定すみかぞかし」という言葉に覚悟としてあらわれているのではないかと思います。…
台風14号が関東に接近しているため、9月20日に予定していた東京真宗同朋の会(市川・船橋地区会)は休会となりました。
次回は10月18日(火)13時半~を予定しております。…

今日は曇鸞章の最後となります「惑染凡夫信心発 証知生死即涅槃 必至無量光明土 …

今回の『御文』(二帖目第九通)は、偶然にも前回『唯信鈔』を見て行く中で出てきた「忠節の論理」が語られています。余仏余菩薩に仕える暇があるならば、直ちに弥陀一仏に帰依して称名念仏を専ら勤めよということを、二君に仕えない武士の主従道徳を例示して、一向という信仰心のあり方が説かれています。『御文』を通して前回の復習をした後、『唯信鈔』で専修の証文として引用された善導大師の『法事讃』の文を親鸞聖人が『唯信鈔文意』でどのように解釈しているのかを見ました。
特に「信心すなわち仏性なり」という信心仏性について考えました。皆さんと何度も学んでいることですが、親鸞聖人の信心の自覚は、たまわりたる信心ということでした。本来あるものではないし、そもそもないのでもない。自分というものに根拠はないのだけれど、阿弥陀さんからたまわったという自覚になります。救われがたい清らかな心などないものが、不思議にも阿弥陀さんの願いによって成仏するということです。「信心すなわち仏性」であるというのは、涅槃に至る因は阿弥陀さんよりたまわった信心なのだということを親鸞聖人はいなかの人々に伝えようとしていると思われます。
来月は9月23日に秋の彼岸会、再来月は10月24日に名響寺報恩講が厳修されますので御命日の集いはお休みになります。次回は11月27日と間が空いてしまいますが、改めて『唯信鈔文意』の言葉を見ていきたいと思います。…

今日は曇鸞章の「天親菩薩論註解 報土因果顕誓願 往還回向由他力 …
※コロナウイルスの感染拡大により「緊急事態宣言」が発令された場合は休会とさせていただきます。
※行事に関しまして気になる点等がございましたらお気軽にお問い合わせください。
8月1日(月)14時~ …
