エントリー - 名響寺

6月行事予定

※コロナウイルスの感染拡大により「緊急事態宣言」が発令された場合は、写教の会とご命日の集いは休会とさせていただきます。また、その他の会の開催につきましては随時ホームページでお知らせさせていただきます。

※行事に関しまして気になる点等がございましたらお気軽にお問い合わせください。

6月13日(月)13時半~ …

5月27日 親鸞聖人御命日の集いを開催しました

今回は先ず「葬儀」について、海法龍先生著の『誰のために葬儀を勤めるのか』によりながらたずねました。そして今日の『御文』(二帖目第六通)で課題となっている「掟」を通して、真宗の教えに触れた者は、教えを主張していくのではなく、柔軟に世間と歩んでいく姿を蓮如上人は願っておられたことを確かめました。

今日から『唯信鈔』に戻り、聖覚が述べることを学びました。今回のところは念仏往生にも専修と雑修に分かれ、専修がすぐれていることを明かしていく流れであったが、その中で雑修を勤める者の心を聖覚が言い当てていることに着目しました。そこで聖覚は、今までの慣習に捉われる、そして念仏と一緒に余の行を勤めて何の問題があるのかと思っている心を指摘しています。この聖覚の指摘に加えて、ただ念仏では不足を感じる心が雑修を勤める者にはあるのではないかということを確かめました。

次回の御命日の集いは、「仏具のおみがき」を行いますので、お力添えを頂ければと思います。…

5月16日 写教の会を開催しました

今回は天親章の「得至蓮華蔵世界 即証真如法性身」の1句について見ました。特に阿弥陀の浄土をあらわす「蓮華蔵世界」という名の「蓮華」に着目しました。蓮華は淤泥華とも呼ばれますが、曇鸞大師は、

「淤泥華(おでいけ)」とは『経』(維摩経)に言わく、「高原の陸地(ろくじ)には、蓮華を生ぜず。卑湿(ひしつ)の淤泥に、いまし蓮華を生ず。」これは、凡夫煩悩の泥の中にありて、菩薩のために開導せられて、よく仏の正覚(しょうがく)の華を生ずるに喩(たと)う。…

5月行事予定

※コロナウイルスの感染拡大により「緊急事態宣言」が発令された場合は、写教の会とご命日の集いは休会とさせていただきます。また、その他の会の開催につきましては随時ホームページでお知らせさせていただきます。

※行事に関しまして気になる点等がございましたらお気軽にお問い合わせください。

5月16日(月)14時~ …

4月27日 親鸞聖人御命日の集いを開催しました

今日の『御文』(二帖目第五通)で問題になっている数珠を持たないということから「姿」の大切さを確かめました。

『唯信鈔文意』では親鸞聖人が回心について「自力の心をひるがえし、すつる」と解釈なさっていることを中心に見ました。これまで聖覚が第十八願念仏往生の願意を表す文として引用した慈愍和尚の『般舟三昧経』の言葉を、親鸞聖人がどのように解釈し、いなかの人々に伝えようとしているのかを見てきました。その中で第十八願の一切衆生を決して見捨てない「平等の慈悲」は私のためであった「本願の機」と受け止めたときに、世間の価値意識や自力で生きていけるという思い込みから解放され、本願他力の智慧と慈悲のはたらきを受けて生きていく者に変えられたことを学ばせて頂いた。

次回は『唯信鈔』に戻って、聖覚の言葉を見ていきたいと思います。…

4月18日 写教の会を開催しました

今回は「帰入功徳大宝海 必獲入大会衆数」について見ました。親鸞聖人は、南無阿弥陀仏と称えそのはたらきを賜る者は、必ず大会衆の数に入るのだと讃えておられます。「大会」というのは、阿弥陀さんの会座のことを指します。阿弥陀さんの教えを聞く場に身を置くということです。では大会衆の数に入るとはどういうことなのかと申しますと、それは師と友を賜るということです。我も人も共に南無阿弥陀仏と称え阿弥陀さんにたすけられていく身なのだと頷いていくあゆみを共にする者を賜るのです。

宮城先生は「必獲入大会衆数」について、…

4月行事予定

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4月18日(月)14時~ …

3月28日 写教の会を開催しました

 

今回は天親章の「広由本願力回向 為度群生彰一心」について見ました。「本願力回向」の、回向というのは、めぐらし差し向けるという意義です。この回向ということをどのように考えるのかということが親鸞聖人の教えの特徴ともいえます。…

3月21日 名響寺春の彼岸会兼永代経法要を厳修しました

式次第・真宗宗歌斉唱・勤行(伽陀、『仏説阿弥陀経』、正信偈同朋奉讃式、『御文』三帖目第三通)・法話・恩徳讃斉唱

今年から永代経法要も兼ねて厳修することになりました。亡くなる縁に会えば浄土に還る、その歩みを名響寺に集う方たちと考えていく大事なご縁、諸仏となって下さった事を改めて感謝申し上げます。

今回はロシアがウクライナに侵攻した事を受けて、「正当化」と「慚愧」いう事をキーワードに考えました。人は自らの愚かさを隠したり自らが身をよしと思う時、「正当化」して他者を傷つけていきます。それに対し、自らの身自らの行為をしっかりと見つめ、自らの身をよしと思うこころが離れた時には「慚愧」の心のみが残ります。しかし、その愧じる心こそが人間の心なのだと『涅槃経』のギバ大臣は言います。「慚愧があればこそ、父母や師や年長の人を恭敬うことができるのであり、慚愧があればこそ、父母・兄弟・姉妹があることの意味がわかる」と、愧じる心が人間の心であり、関係存在であることの気付きであると言うのです。…

3月行事予定

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