エントリー - 名響寺

1月27日 親鸞聖人御命日の集いを開催しました

今回の『御文』(二帖目第三通)でも神明を軽んじる問題が取り上げられております。その中で本地垂迹説ということが出てきたので、本地垂迹説という論理と、親鸞聖人が廃仏派の物部守屋について謳った「弓削の守屋の大連 邪見きわまりなきゆえに よろずのものをすすめんと …

1月17日 写教の会を開催しました

今回から天親章に入っていきます。「天親菩薩造説 帰命無碍光如来」の一句について見ました。天親菩薩その人と天親菩薩が著した『浄土論』を通して親鸞聖人が『大無量寿経』の精神に触れたという事を確かめた。そして、帰命十方無碍光如来という『浄土論』の言葉を通して、尽十方にして無碍なる光が届くのはこの私なのだということを尋ねました。

次回は2月14日(月)14時~になります。少しでも写教にご興味がございましたらお問い合わせください。…

1月1日 修正会を厳修いたしました

2023年は親鸞聖人御誕生850年、立教開宗800年の慶讃法要が本山で勤まります。その慶讃法要のテーマというのが「南無阿弥陀仏―人と生まれた意義をたずねていこう―」というものであります。今年の修正会では、慶讃テーマの「生まれた」という事に着目して、両親の元「人間」として生まれたことを仏教ではどのように捉えているのか、また、釈迦弥陀の慈悲によって「信心の行者」として誕生した者の営みという事を考えるなかで、阿弥陀さんと共に生きるという事をたしかめさせていただきました。

本年も名響寺に集い共に阿弥陀さんの願いを聞いて参りましょう。よろしくお願い申し上げます。…

12月27日 親鸞聖人御命日の集いを開催しました

今回は、私が今月の8日9日で本山にお参りした時の事を話した後、『御文』で蓮如上人が「他宗を謗ること、諸神を軽んじること」を厳しく戒めておられることに着目して、諸神をたのむ「こころ」が問題なのだということを確かめました。

15時からは、仏具のおみがきをお集まりいただいた方と行いました。おかげさまでとても綺麗になりました。お手伝いいただきまして感謝申し上げます。仏具のおみがきは年に2度、6月と12月に行っておりますので、是非またご参加くださいませ。…

1月行事予定

※コロナウイルスの感染拡大により行事が中止となる可能性がございます。その時はホームページでお知らせさせていただきます。 ※行事に関しまして気になる点等がございましたらお問い合わせください。

1月1日(土)10時~ …

12月15日 写教の会を開催しました

今回は「唯能常称如来号 応報大悲弘誓恩」の特に「称」に注目して見ていきました。

この「称」という字について親鸞聖人は「称は、はかりというこころなり。はかりというは、もののほどをさだむることなり。名号を称すること、とこえ、ひとこえ、きくひと、うたがうこころ、一念もなければ、実報土へうまるともうすこころなり。」と解釈されます。この称という字は称えるという阿弥陀さんの願いを讃嘆するという意味もありますが、秤という意味もあるのです。阿弥陀さんの念仏申す者は必ず阿弥陀の浄土に生まれさせよう、つまり私に念仏申す身になってほしいという願いが片方。その願いに応えて念仏申す身になった自身がもう片方。その二つがぴったり同じになったということを「称」の字は表しているのだと。しかし、ここに「うたがうこころ一念もなければ」とあります。南無阿弥陀仏と念仏申す私に疑いの心があればピタッと同じにならないのです。では疑いの心がありピタッと同じにならなければどうなるかというのが、方便化土、辺地に生まれるのです。実はここが真宗、親鸞聖人の教えの大事なところなのです。南無阿弥陀仏と念仏申す縁に会いながら、他力をたのむこころが欠けているのではないか。この事を問い、確かめていくあゆみが真宗の学びなのです。…

12月行事予定

※コロナウイルスの感染拡大により行事が中止となる可能性がございます。その時はホームページでお知らせさせていただきます。 ※行事に関しまして気になる点等がございましたらお問い合わせください。

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11月27日 親鸞聖人御命日の集いを開催しました

4ヶ月ぶりに親鸞聖人御命日の集いを開催することができました。

今回の『御文』(2帖目第1通)は「お浚えの御文」と呼ばれておりまして、報恩講の翌朝に拝読される『御文』になります。見事なタイミングでこの『御文』について学ぶことができました。「細々に信心の溝を浚えて」そこに「弥陀の法水を流せ」ということの意味と、この『御文』の最後に語られる「称名念仏は、弥陀如来の我らが往生をやすくさだめ給える、その御うれしさの御恩を、報じたてまつる念仏なりと、こころうべきものなり。」という教えについてたずねました。

『唯信鈔文意』では、『五会法事讃』の文の「不簡貧窮将富貴 …

11月8日 写教の会を開催しました

今回は「憶念弥陀仏本願 自然即時入必定」について特に憶念の語に着目して見ました。

「阿弥陀仏の本願を憶念する」とあります。念仏申す者をおさめとって決して見捨てない願いを憶念する。憶念というのは「深く思う」ということですが、「憶」の字に「恒に意の中にあると」いう意味があります。親鸞聖人はこの憶念をどのように押さえておられるかと言いますと、真実信心として押さえておられるのです。『顕浄土真実教行信証文類』には「淳心すなわちこれ憶念なり。憶念すなわちこれ真実一心なり。」とあります。淳心というのは、混じりけのない心ということです。混じりけが有るとは簡単にいえば人間の思いはからいが混じってくることを言うのです。特に言われるのが名利心と罪福信です。これらが混じることがないというのは敢えて言えば仏のお心、阿弥陀仏の大慈悲心ということです。憶念というと、自分が深く思うということですが、単に私が阿弥陀仏の本願を深く思うというよりも、おさめとって決して見捨てないという願いが私一人にかけられていることを思うと言ったほうが親鸞聖人の意に適うのではないかと思います。私のために本願を建てて下さった、つねにものうき事無く私を心配しておられる阿弥陀仏の大悲心を思うということです。…

11月行事予定

※コロナウイルスの感染拡大により行事が中止となる可能性がございます。その時はホームページでお知らせさせていただきます。 ※行事に関しまして気になる点等がございましたらお問い合わせください。

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